第11回
[後編]ビジネス脳で仕事は変わる! ~脳を活性化する仕事術
医学博士 作家 米山 公啓 氏

医学博士 作家
米山 公啓 氏
脳に関する研究の成果により、どのような脳がビジネスで活躍するかがわかってきました。また自分の脳に合った仕事の見極めが、成功の鍵となるようです。ITが脳に与える影響や、脳とビジネスの関係について伺った前編に引き続き、医学博士であり作家でもある米山公啓氏に、脳との上手な付き合い方や鍛え方、脳を活性化する仕事術についてお話を伺います。
能力は "新しい刺激" で伸びる
ビジネスに求められる能力は、コミュニケーション力や集中力などさまざまです。これらの能力向上の方法にはいくつかのアプローチがあるようですが、私は、脳に "新しい刺激" を与えるトレーニングによって能力を高められると考えています。新しい刺激とは、新しい知識や発見などを指し、何事にも好奇心を持って取り組むことによって得られます。たとえば、コミュニケーション能力は、人に対する関心や興味があるほど伸びると言われていますし、集中力は、関心のあることに取り組んでいるときに高まることがわかっています。
能力によっては、この好奇心以外にもちょっとしたテクニックを覚えることで、さらに伸ばすことができる場合があります。特に "記憶力" と "発想力" は、コツを覚えるだけで向上することがあります。
記憶力はテクニックでカバーできる
脳の機能のうち、私たちが年を重ねるごとに衰えを感じるのは "記憶力" ではないでしょうか。残念ながら、"暗記" などの純粋な記憶力という意味では、先天的なものや、幼少時代の環境により決定されているので、その記憶力そのものを伸ばそうとする努力はあまり効果的ではありません。数字の単純な暗記なら、標準的な脳は8桁前後、記憶力の優れた人は12桁まで覚えられますが、単に努力をしてもその差を埋めることは難しいでしょう。
しかしテクニックを駆使すれば、脳の総合力で記憶力をカバーすることができます。たとえば、2の平方根を覚えるときに、 "一夜一夜に人見頃 (ひとよひとよにひとみごろ)" と覚えるように、単純な数字としてではなく、意味として記憶するというものです。歴史の年号暗記の語呂合わせも同様の手法です。
また、記憶力を伸ばすことはできなくても、記憶力を維持させる方法はあります。これにはストレスを溜めないことです。ストレスは精神面への悪影響だけでなく、脳の海馬 (注1) の神経細胞も壊してしまいます。その結果、記憶力が低下するといった症状を引き起こす可能性があるのです。脳の健康のためにも、ストレスの芽は早めに摘み取っておきましょう。
- 注1) 海馬 (かいば) とは、脳の記憶をつかさどる部分。脳に入ってきた情報を一時的な記憶 (短期記憶) に変える機能を持つ。また、大切な記憶を長期記憶として大脳皮質に保存する役割も持つ。
束縛が新しいアイディアを生む?
記憶力とともに、ビジネスにも非常に重要な発想力も、コツをつかむことでパワーアップすることができます。しかし、この発想力は謎が多い能力で、実は現在の脳医学でもほとんど解明できていません。アイディアがひらめいた瞬間、脳がどのように機能しているかがわからないのです。けれども、臨床の現場でも非常に重要な経験則にもとづけば、アイディアが出やすい脳の状態というのは確かに存在します。
それは、"束縛されている時間にアイディアが生まれやすい" ということです。これは、電車でただ座っていることしかできない通勤時間や、自分とは無関係な議題で進行する会議など、自分の自由が奪われている状態を指します。このとき、脳はその状態から逃れようとして、自然と別のことを考えようとしています。目の前にあるものとはまったく無関係なことが、突然アイディアとして沸いてくることがあるのです。
脳にとってよい環境とは
脳を効率よく働かせるためには、脳にとってよい環境を整えてあげることも大切です。ここで言う環境とは、生活習慣はもちろん、食生活も含まれます。たとえば、早起きして朝食を取ることを怠ると、脳は100%の力を発揮することはできません。朝食を抜くと頭が冴える、昼より夜に仕事がはかどるという人もいますが、医学的には証明はされていません。また、寝不足や過度の睡眠は脳にとってもマイナスです。調査 (注2) によると、7時間睡眠が最も死亡率が低いという結果が出ているようです。長くもなく短くもない、ちょうど良い睡眠をとって脳を休ませてあげることが大切です。
脳を休めるのは睡眠だけとは限りません。右脳と左脳を使い分けることが、脳にとっての休息になることもあります。たとえば、数字や言語を扱う仕事では、左脳を駆使している時間が長いと考えられるため、オフの時間は音楽などを聴くとよいでしょう。音楽のような感覚的な情報は、右脳を活性化させるため、結果として疲れた左脳を休めることができるからです。
この方法のよいところは、脳の片側を休ませつつ、その反対側の脳を刺激することで、バランスの取れた脳が形成されることにあります。物理学者のアインシュタインは、研究の合間に楽器を弾いていたそうですが、異なる部分を刺激することで、創造的な脳が育まれたと考えられるでしょう。

- 注2) 名古屋大学大学院の玉腰暁子助教授らの共同研究グループが全国で実施した調査によると、男女とも7時間睡眠の人が最も死亡率が低いことがわかった。(「医療新世紀」共同通信2004年8月10日号より)
8割仕事術で "脳率" アップ
脳を効率よく働かせる環境を整えたら、仕事の能率を高めるコツを実践しましょう。これは脳を休ませるのとは少し違い、"脳を酷使しすぎない" というテクニックで、意欲に関わるドーパミンの分泌を持続させ、仕事への集中力を保つというものです。ちなみに私の著書 (注3) の中では "8割仕事術 (行動術)" と呼んでいます。

8割仕事術の考え方は、1日にこなせる仕事量を100とすると、意識的に80程度で止めておくというものです。最後までやり遂げたい気持ちは残りますが、この不完全燃焼の状態を作り出すことが大切なのです。仮に100まで終えれば、達成感は味わうことができるでしょう。しかし、達成感は心を解放すると同時に、ドーパミンの分泌を遮断してしまいます。ドーパミンは脳内で生成される神経伝達物質で、人の "やる気" に深い関わりがあります。このドーパミンが切れてしまうと、次の日にはどうしてもエンジンがかかりにくくなるのです。さらに、直前までに記憶したことを忘れやすくするという作用もあります。一度覚えたことを次の仕事に生かせないのは、効率的ではありません。
そこで、100までやらずに80程度にとどめておくわけです。"残り20を明日やらなければ" という意識がテンションを持続させます。この状態では、スムーズに仕事のスタートを切ることができます。結果的に見ると、100のときに比べて仕事の量も質も上げることができるのです。
- 注3) 『すべてがうまくいく8割行動術』米山公啓著 (ソフトバンククリエイティブ、2006年11月発売)
感動体験が脳を活性化する
"新しい刺激" で能力を向上させるきっかけは、日常生活でも得ることができます。私の場合だと、趣味の旅行やオンラインショッピングが脳を活性化させていると思います。旅行のように、新しい土地に身を置くことは空間体験と呼ばれ、右脳を刺激する作用があります。旅行先で今まで行ったことない体験をするようにしています。新しい体験、感情が揺さぶられるような体験は、記憶に定着しやすく、脳に刺激となるのです。
オンラインショッピングでは、欲しいと思ったものは手に入れるようにしています。興味のある製品に関して、インターネットを利用して詳細を調べたり価格を比較検討したりすることは、脳への刺激につながります。調べたことを苦もなく覚えているのはこのためです。
皆さんも、好奇心が刺激されるようなことがあれば、必ず実行するようにしてください。そのための努力も惜しんではいけません。新しい体験はそれ自体脳を刺激するものですが、そこに至る過程も、脳に有効なトレーニングになるのです。
編集後記
デキるビジネス脳を目指し、クイズやパズルで脳をトレーニングする方法もありますが、普段とは少し違う考え方や行動パターンをあえて取ってみるというのも効果があるようです。たとえば、いつもとは違うレストランでランチを取ったり、いつもの自分なら着けない色のネクタイを買ったりすることが、脳に新しい刺激を与えるようです。それも義務のように行うのではなく、興味の赴くままにできるようになると、脳の活性化も自然に行われるようです。
(2006年11月28日掲載)
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