第27回
[前編]服部幸應の“食育”のススメ ~現代人への提言
学校法人服部学園理事長 服部栄養専門学校校長 医学博士 服部 幸應 氏

学校法人服部学園理事長
服部栄養専門学校校長
医学博士
服部 幸應 氏
賞味期限や産地の偽装事件、農作物への残留農薬の問題などによって、食の安全が脅かされています。また、食べ過ぎや偏食によって生活習慣病にかかる人も増えています。今後、私たちは食のどのような点に気をつけて生活すればよいのでしょうか。今回は、2005年に施行された「食育基本法」の元にもなった“食育”の提唱者で、テレビなどへのご出演も多い服部栄養専門学校校長の服部幸應氏に、“食育”の大切さについてお話を伺いました。
“食育”のきっかけ
私はこれまで講演や書籍などを通じて、“食育”の必要性を提唱してきました。まずはそのきっかけとなった出来事からお話したいと思います。
今から20年ほど前になりますが、調理師や栄養士などを目指して服部栄養専門学校に入学してきた学生たちに、食生活の実態を調べようと1週間の食事日記をつけさせたことがありました。その日記を見ると、朝食を抜いていたり、バランスの悪い食生活を送っている学生が意外と多いことがわかったのです。
そこで私は、彼らに「将来、食の指導者になる人がそんな食生活をしているようではだめです。卒業までに改善しなさい」と伝えました。そして卒業時に、半数程度は改善しただろうと期待しつつ、もう一度食事日記を提出してもらったところ、たったの6%しか改善していない事実を目の当たりにしました。彼らは食に関する専門知識や技術を習得したのに、自分たちの生活習慣を改善することはできなかったのです。18~20歳になってから食習慣を変えることはできないのだとわかり、ショックを受けました。
そこで、食習慣を変えることができる年齢がいつなのかを、脳科学や心理学などさまざまな面から研究したところ、子どものころだということがわかりました。しかし、現代の家庭では、家族がバラバラに食事をしたり、食卓を囲んでいてもそれぞれが自分たちの好きな物を食べるなど、子どもの食生活に気を配らない親も増えています。これは健康だけでなく、家族の絆や子どもの性格形成などにも悪影響を与えています。こうした問題点を改善するためには、“食育”の考え方を、社会に普及させる必要があると強く思い、活動を始めました。
“食育”を構成する3つの柱
私が提唱してきた“食育”は、栄養のバランスを考えて食べるというような単純なことではなく、教育や社会生活など、さまざまな分野に広範囲にわたりますが、簡単に言うと、「選食能力」「しつけ」「食料問題」の3つの柱で構成されています。

「選食能力」とは、安全な食べ物を選ぶ力のことです。最近では農薬や化学薬品の多用、偽装表示などが問題になっていますが、何を食べればよいのかを正しく判断することが大切です。もちろん、無農薬野菜や無添加食品など、安全な食品の価格は高いため、そうしたものばかりを買うわけにもいきませんが、少なくとも今以上に意識することは必要だと思います。また「選食能力」は、消費者だけでなく生産者や加工業者にとっても必要です。生産者は農薬や化学肥料を使いすぎないこと、加工業者は安全な食材を選び防腐剤や添加物などにも気をつける必要があります。最近では食料の輸入も増加しているので、検疫も正しく行う必要があるでしょう。
次の「しつけ」については、食生活を通じて、正しい教育を行うことです。私は、アフリカで野生のゾウやキリン、鳥の親子などを観察するのが好きなのですが、動物たちは子どもが独り立ちして生きていけるように、狩りの方法を教えたりします。ところが、人間の世界では、子どもを一人前にするという親の義務を果たしていない親が多いのです。
中国のことわざに、「魚を与えるより釣り針を与えよ、釣り針を与えるより釣り針の作り方を教えよ」というものがあり、私はまさにそれが教育だと思いますが、現実的には魚だけを与えてしまっている親が多いように思えます。親に頼って生活するニートの増加や、職を転々とするフリーターの増加、偏食したり正しく箸を持てない人の増加もこれを裏付けていると言えるでしょう。最近では、子どもの「しつけ」を学校に頼り、学校の先生に不満を言う親も増えているようですが、子どもの「しつけ」には時期があり、学校に入ってからでは遅いのです。
「しつけ」の時期
「しつけ」の時期は、0~3歳、3~8歳、8~14歳に大きく分けることができます。3歳までの時期は、絵本を読んであげたり、子守歌を歌うなど、親とのスキンシップが大切です。しかし40年ほど前と比較すると、そうした時間が3分の1に減少しています。今の子どもからすれば、親との距離は、昔の子どもの叔父さんや叔母さんとの距離と同じくらいになってしまっているのです。「3つ子の魂100までも」と言うように、この世代は重要ですので、甘やかすことなく十分な愛情を注いであげる必要があるでしょう。また、食という面では、母乳を見直してほしいと思います。最近では生後5、6ヶ月で離乳食に切り替えてしまう人も多いようですが、人間の腸が完成するまでには12ヶ月は必要ですし、早すぎる離乳食はアトピー性皮膚炎の原因にもなるとも考えられています。ですから少なくとも生後1年は母乳で育ててほしいと思います。
次の8歳までの世代は、“食育”でも最も大切な部分です。この世代では、よい行いはほめられ、だめな行いはしかられるといった体験をすることが大切です。食卓では、悪い食事マナーをしかったり、食べ物の好き嫌いをしてはだめだと教える必要があります。このメリハリの体験がないと、わがままで、親や先生などの言うことを聞かない自分勝手な人間になってしまいます。人間の脳は8歳のころから急速に発達して、好奇心が旺盛になり、10歳のころに完成すると考えられています。8歳を過ぎると、親の言うことを素直に聞かなくなってくるため、8歳までの間に、食卓を通じて「しつけ」を行う必要があるのです。そして14歳までは、家庭で行った「しつけ」の再確認として、学校や地域社会が「しつけ」をする世代になります。協調性や社会性といった能力はこの世代で身につきます。
また、子どもが大人になるまでの0~20歳を通して大切なこともあります。それは身体の充実です。20歳には骨密度のピークを迎えるため、これまでの食生活がよくないと、身体が成長できず、病気になりやすくなります。生まれたときから母乳を与え、好き嫌いなく食べ物を食べさせ、正しい食習慣を持たせることが大切です。

残飯用の食料を輸入する日本
「選食能力」、「しつけ」の次に来る“食育”の柱が「食料問題」です。皆さんは現在の日本の食料自給率がどれくらいかご存じでしょうか。実は、カロリーベースで39%でしかありません。約40年前は73%ありましたが、減少を続けています。これは他の先進国と比較すると最低の数字で、フランスは122%、アメリカは118%と100%以上、工業国のイメージが強いドイツであっても91%と高い水準にあります。さらに日本では、食料の61%を輸入に頼っているにもかかわらず、EU諸国1人平均の3倍にあたる毎年2160万トンの食料を残飯として捨てています。しかもその多くはホテルの宴会や賞味期限切れとして手をつけずに捨てられたものです。
たとえばある大手のコンビニエンスストアチェーンでは、1年間で400億円分の食料を廃棄しました。また、学校給食では10万トン分の食料を廃棄しています。世界中で豊かな人たちの割合は1割程度しかありませんが、日本人の全員がその中に含まれます。日本人が大量の残飯を捨てている一方で、世界では毎年900万人以上が餓死しているのです。
私は仕事柄、日本の食文化を伝えに海外にいくことがありますが、出会う8割程度の人たちが、自分の国の食料自給率について知っています。しかし、日本ではその割合は1%程度です。日本人が自国の食料自給率について知らないのは、これまでの教育の問題もあるでしょう。しかし幸いにも、日本は世界に先駆け、“食育”を実践する教育方針となる「食育基本法」を2005年に施行しました。この法律は海外からも注目されており、「MOTTAINAI (もったいない) 」という考えと同様に、「Shoku-iku (食育) 」の考えは世界中に広まろうとしています。食育は世界的な問題なのです。今後は家庭や教育の現場で“食育”が行われ、状況が改善されることを願っています。後半では、社会人と食生活という点についてお話ししたいと思います。
(2008年3月5日掲載)
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