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第23回

[前編]サバイバル時代を生き抜くビジネスパーソンの心得 ~「島耕作」の人生観

マンガ家
弘兼 憲史 氏

写真: マンガ家 弘兼 憲史 氏

マンガ家
弘兼 憲史 氏

企業の合併や買収、リストラや中途採用の増加、年俸制や成果主義の導入など、個人をとりまくビジネス環境も大きく変化しつつあります。今回は、マンガ「島耕作」シリーズなどの作品を通じ、大人の読者に向けてさまざまな人間模様を描き続けているマンガ家の弘兼憲史氏に登場いただき、変化の時代を生き抜くビジネスパーソンに必要な、仕事に対する考え方や、困難を乗り越える心構えなどについてお話を伺いました。

会社員からマンガ家への転身

現在、私はマンガ家として仕事をしていますが、最初からマンガ家だったわけではありません。子どもの頃からマンガを描くのが好きで、大学時代は漫画研究会にも所属していました。マンガ家になりたいと思っていましたが、それで生計を立てられるのはほんの一握りの人で、まず無理だろうと思っていました。そこで、多少なりともマンガと関係のある仕事に就きたいと考え、企業の宣伝部や広告代理店などを就職先に考えました。結果的には家電メーカーに就職することができました。

家電メーカーでは希望した宣伝部に配属され、デザイナーやイラストレーターなどと仕事をする機会も増えました。なかにはマンガを描いている人もいました。彼らに触発されたということもあり、マンガ家になりたいという思いを強く持つようになりました。収入が減る可能性もありましたが、自分の好きな仕事をすることが幸せだという信念があったので、会社を辞めてマンガ家になる決断をしました。

当時、マンガと言えば子ども向けのものが当たり前でしたが、私は子ども向けのものよりも、自分と同じ世代に向けたマンガを描きたいと思い、自分と等身大の人間を主人公にすることが多くなりました。たとえば私がマンガ家としてデビューしたてだった30歳頃のときは『ハロー張りネズミ』のように30歳の主人公を描き、「島耕作」シリーズを描き始めたのも私が35歳、36歳の頃、同期の社員が課長となる頃です。50歳になった頃には、まだまだ恋もしたいなという仲間が多かったので、年配の方々の恋愛をテーマにした『黄昏流星群』を描き始めたわけです。

“弘兼マンガ”の特徴

私が描くマンガは、大人向けで読者の年齢層が高いということもあり、恋愛などのエンタテインメント要素に加え、時事問題なども盛り込むようにしています。特に家電メーカーが舞台となっている「島耕作」シリーズでは、アメリカや中国、インドなど、日本企業の進出拠点や工場をつぶさに取材して、また海外事情も十分に調査してマンガに取り入れるようにしています。たとえば中国の場合、上海や北京を中心に地方都市をまわるなど10回くらいの取材を重ねています。海外でのビジネス展開を考えている企業にとっては、参考にしてもらえる部分も多いのではないかと思います。

また私は、自分のこれまでの人生で体験、または見聞きした成功例や失敗例を、作品に描いています。「島耕作」シリーズで登場するキャラクターも、実際の人物をモデルにすることが多いです。仕事の進め方や交渉術など、この点でも参考にしていただける部分はあると思います。

困難を楽しむ考え方

次に、私が描いている「島耕作」の生き方や、仕事観などについてお話ししたいと思います。「島耕作」は、自分にどんな困難が立ちはだかっても、プラス思考でこれを乗り切っていきます。実は私自身もプラス思考の考え方をする人間で、困難なことをおもしろく思えるのです。目前に立ちはだかった壁を乗り越えようと、がむしゃらにがんばることが楽しいのです。人生は困難に満ちていて、何が起きるかわからないからこそ楽しいもので、あらかじめ決まったレールを進むだけの人生だったら何のおもしろみもないと思います。

これはゴルフにたとえるとわかりやすいかもしれません。必ず2打でグリーンに乗り、2パットでカップに入ると決まっていたら、ゴルフをする気も無くなることでしょう。たまにOBを打ってしまったり、グリーン上で4パットすることがあるからこそ、ゴルフが楽しめるのだと思います。

人生は必ずしも思い通りにはいかないものですが、思い通りにいかないからこそ楽しいと前向きに考えるのがよいと思います。私は、長期の人生計画は立てませんし、その興味もありません。明日の締め切りに間に合わせるようにがんばっていたら、60歳になったという感じです。忙しくても楽しいのは、私が好きな仕事をしているからだと思います。

仕事を好きになるには

人間、好きな仕事ができればなによりですが、そうでない場合も多いと思います。企業や組織では、あまり気の向かない仕事を任されることがあります。任された仕事が嫌いだからといっても、簡単に会社を変わることはできませんし、転職した先の会社に好きな仕事が用意されているという保証もありません。そこで、気が向かない仕事でも、まずは、その中で好きな部分を見つけていくのがよいと思います。

部分的であれ、仕事が好きになれば、「ここを、こう工夫すればもっと良くなる」というように前向きな気持ちで仕事に向かえるようになります。そうしている内に、案外その仕事全体が面白くなり、いつの間にか好きになっていたなどということもあるかもしれません。仮に、どうしても好きになれないと思えたときでも、その仕事が自分に向いていないと結論づけてしまうのは早計です。「石の上にも三年」という言葉があるように、少し辛抱してみて、もう一度、考え方を変えて取り組むようにしてみてはどうでしょうか。

好きだと思って選んだ仕事でも、他人が客観的に見たら、あまり向いていないと判断されるようなこともあります。それと同じように、その逆もあり得るのです。人事異動で自分の希望ではない部署に配属されたとしても、上司や管理部門の人たちが客観的に判断して、適職の部署に配属したかもしれないのです。ですから、自分では気が付かなかったけれど、もしかするとこの仕事は向いているのかも、と思うようにして頑張ってみるとよいと思います。

また、人事異動で閑職に回されたとがっかりすることもあるかもしれません。しかし企業の場合、昇進する過程で地方の営業所などの現場を経験させるということもあります。たとえば「島耕作」でも、取締役になる前に、子会社の販売会社の社長に就いています。単に飛ばされたと嘆くのではなく、小さな組織で帝王学を学ぶ機会を与えられた、業務のすべてを把握できる機会を与えられたなど、前向きに考えることが大切だと思います。

困難を乗り越えるための大切なこと

また、私は、なるべく「こだわり」を持たないようにしています。主義や信条を持つことで、自分を守ることができますが、しかし、過剰な「こだわり」や主義、信条は自分自身をもがんじがらめにしてしまうことになります。相手と意見が合わなかった場合にも、「こだわり」に「こだわり」過ぎると衝突し、無理に自分の意見を押し通そうとすれば、無駄に疲れストレスにもなります。困難を乗り越えるときに大切なのは「こだわり」を持つことではなく、物事に対して前向きに柔軟に対応し、それを楽しむことのできる姿勢なのだと思います。

私が「島耕作」と似ているところは、「まあいいか」と「それがどうした」、「人それぞれ」という3つの考え方を持っていることです。つまり、物事が起きたときに、「まあいいか」と変なこだわりを持たずに事実をそのまま受け入れ、「それがどうした」と開き直って考えてみることです。また、「人それぞれ」というのは、他人と比較しても意味がないということです。たとえば他人が自分のことを不幸だと思っていても、自分が幸せと感じるならそれでいいのです。幸せの尺度は人それぞれに違うのです。この3つを信条にすれば、たいがいの困難は乗り越えることができます。

図: 困難を乗り越えるためのキーワード

  • 後編では、仕事と家庭の考え方、上司や嫌いな人との接し方のコツなどについてお話ししたいと思います。

(2007年11月14日掲載)

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注) 出典: 日経コミュニケーション2008年9月1日号ブロードバンド/モバイル/NGN時代の企業ネットワーク実態調査「広域イーサネット部門」で「KDDI Powered Ethernet」が7年連続第1位



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