第26回
[前編]ピーター・フランクルの人生方程式 ~人間の価値とは
数学者 大道芸人
ピーター・フランクル 氏

数学者 大道芸人
ピーター・フランクル 氏
仕事をしていくなかで得意分野を確立しようとしても、思うようにいかないという人は多いと思います。しかしその一方で、いくつもの得意分野を持つ人もいます。この違いはどこにあるのでしょうか。今回は、数学者としてだけでなく、大道芸人としてもご活躍され、さらに10カ国語以上の言語にも精通されているピーター・フランクル氏に、数学者になった経緯や、大道芸や語学を習得された理由についてお話を伺いました。
ジャグリングとの出会い
私は数学者として、これまで世界中の国々で行った研究や学会での発表をきっかけに、さまざまな経験をしてきました。また、大道芸を通じて学んだことも非常に多く、これらを人々に伝えたいという思いから、講演や執筆活動なども行っています。
私は東欧のハンガリーに生まれました。子どもの頃から、何かに興味を持つと、とことん熱中するタイプで、父から教えてもらったラテン語のことわざを全部暗記してしまったり、読書に熱中して年間200冊を読んだこともありました。数学者になるきっかけとなったのは、高校時代に国際数学オリンピックで優勝し、自分は数学が得意であることがわかったことです。建築や物理学などの分野にも興味はありましたが、数学は紙とペンさえあればいつでもどこでもできる自由度があったので、大学は数学科に進むことにしました。以来、数学に熱中して世界各地にある研究所や大学などで研究を続け、今に至っています。
大道芸に興味を持ったのは、大学生時代にハンガリーのとある湖畔のホテルで開かれた数学の国際会議に、英語が話せるスタッフとして参加したときです。講演のあとにホテルが所有する島に遊びにいったのですが、そのとき、ベル研究所の数学者だったロナルド・グラハム氏 (ロン) が、橋の欄干での逆立ちや、後方宙返り、ジャグリングなどを披露していて、無名の大学生である私にも気さくに教えてくれました。彼は体操や卓球、ジャグリングなど、数学以外にもいろいろと極めてきた文武両道な人でした。私はそれまでいろんな数学者を目にしてきましたが、彼のような自由で楽しそうな雰囲気を持ち、格好よく思えた数学者は初めてで、私もそんな人になりたいと思うようになりました。
私はジャグリングの才能は全然ありませんでしたが、彼が次の国際会議でハンガリーに来たら上達したところを見せてあげようという思いもあり、必死に練習しました。3年後にハンガリーで国際会議が開かれ、出席した彼に見せたところ、合格点をもらうことができました。ジャグリングについては、当初は周りの数学者ができないような隠し芸という程度に軽く考えていましたが、どんどんジャグリングにのめり込むようになり、サーカス学校で国家資格を取得したり、本格的に大道芸としても行うようになりました。
大道芸のおもしろさ
数学者であっても、24時間数学のことばかりを考えているわけではありません。頭が疲れてしまうので、気分転換も必要です。周りの数学者を見てみると、音楽を聴いたり、バイオリンやピアノなどの楽器を演奏するという人が多いようです。たとえばアインシュタインはバイオリンの演奏を趣味としていました。私やロンの場合はそれが大道芸というわけです。私が大道芸を好きな理由は、バイオリンの演奏などとは違って、大道芸はどんな人でも楽しめるものだと思うからです。
数学の研究では、これまで誰も解いたことのない問題を証明して論文として発表し、それを専門家が評価します。数学の講演や論文は、数学者のレベルを決める試験であるといっても言い過ぎではないかもしれません。一方、大道芸では、ジャグラーのレベルは関係なく、その場がおもしろいかどうかを一般の観客が判断します。試験のように必ずしも難易度の高い技を成功させればいいというわけでもなく、場合によっては失敗したほうがおもしろいこともあります。
人はある程度有名になってくると、自分が偉い人だと思いこむ傾向があります。高い舞台の上から行う講演では、自分の話を理解してもらったのか、興味深く感じてもらったのかなどの相手の反応などは気にせず、自己満足なものになってしまう可能性があるのです。一方、大道芸の場合、お客さまは神様というような気持ちで芸をしないと、観客はいなくなってしまいます。さまざまな立場の人と同じ高さで交流できる大道芸は、自分が普通の人であることを再認識し、視野を狭めないために役に立っていると感じています。
数学とジャグリングの共通点
このように説明すると、数学とジャグリングに共通点がないように思われるかもしれませんが、そうでもありません。自分がまったくできないことに対して挑戦したり、未知の技術を身につけていく方法では共通しています。身につけようとした技術や研究などが複雑なものであった場合には、そのまま挑戦しても思うような効果は得られません。しかし、複雑なものを1つ1つ分解し、パーツごとに練習したり、研究するようにすれば、簡単にできます。その後、分解したものを組み立てればよいのです。挑戦してみて、それでもうまくいかない場合には、もう一度原点に戻り、組み立てからやりなおして再挑戦していくという手法は、数学もジャグリングも同じなのです。
数学やジャグリングに限らず、物事を学ぶときには、基本的にこの姿勢が大切だと思います。違うのは、脳なのか手足なのかといったように、使う筋肉が違うだけです。私はこの考えを、ジャグリングを通じてロンから学びました。

各地での講義をきっかけに12カ国語を習得
私はこれまで、数学の共同研究や講演などで、80以上の国々を旅しました。行く先々で、その国の言葉で講演したい、現地の人と交流を深めたいと思ったので、いくつもの言語を学ぶことにもなりました。数えてみると、母国のハンガリー語のほか、ドイツ語、ロシア語、スウェーデン語、フランス語、スペイン語、ポーランド語、英語、日本語、韓国・朝鮮語、中国語、インドネシア語の12カ国語で講義ができるようになりました。会話レベルならもう少し増えます。
私は父から、人間の価値は知識や考えであるという教えを受けてきました。社会的な地位や年収、資産で決まるものではないのです。しかし現代の社会を見ると、この大切さがないがしろにされているように感じます。私がこれまで数多くの外国語を習得してきたのは、得られる情報を増やすことで視野を広げ、物事を違う視点でも見られるようになりたいと考えているためです。ですから皆さんにもぜひ、外国語などを学んで知識を増やし、自分の価値を高めていってほしいと思います。
日本の人によく質問されるのが、「どうしたらそれだけの言葉を話せるようになるのか」ということですが、外国語の学習に向き不向きがあるわけでも、私に特別な語学の才能があるというわけでもありません。学習にはコツがあり、人それぞれに習得の速度は違っても、誰でも努力すればできるようになります。後編ではそうした学習のコツについてお話ししたいと思います。
(2008年2月6日掲載)
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