第22回
[前編]清水國明の自然体験のススメ ~自然環境の効用
株式会社ワークショップリゾート 株式会社自然樂校
代表取締役社長 アウトフィッター 清水 國明 氏

株式会社ワークショップリゾート
株式会社自然樂校
代表取締役社長 アウトフィッター
清水 國明 氏
宅地の開発などにより、木や土、昆虫など自然を目にする機会も都会では少なくなりました。そんな中、自然と共生する都市開発が検討されたり、田舎での暮らしが見直されつつあります。今回は、タレント活動を続けながら、河口湖の森の中で自然の素晴らしさを経験できる施設を設立し、講師としてもご活躍されている清水國明氏に、都会と田舎の違いや、自然環境が人に与える影響について、お話を伺いました。
自然への目覚め
皆さんは清水國明と聞くと、アウトドア愛好家というイメージを持たれるかもしれませんが、もともとそうだったわけではありません。フォークデュオ「あのねのね」としてデビューした頃は、芸能活動がおもしろく、仕事に没頭して、“芸能界の引きこもり”といってもいいような状態で“自然”や外の世界とはほとんど無縁でした。20代のころはそんな風に都会人を気取って“自然”とふれあうこともなくやってきたのですが、30 歳くらいになって、外に出てキャンプをしたり、バイクレースに参加するようになりました。
芸能界は実力よりも人気が優先されるようなところがありますが、バイクレースの世界は、いかに人より速く走るかが勝負で、人気も実力があってこその世界です。コーナーで追い抜こうとすれば、危険が伴うのは当然で、恐怖もあるはずですが、実際のレースの最中は不思議な興奮の中にあって、全身からものすごいエネルギーがほとばしるのを感じます。10年間で14か所も骨折し、全身麻酔の大手術をするほどの怪我もしましたが、あの興奮は、芸能界の仕事では味わえない感覚だったように思います。
40代からは、家族一緒にキャンピングカーで全国を旅する生活をするようになりました。最初はバイクレースに参加するためのサーキットを転戦する生活だったのですが、レースをしなくなってからも、キャンピングカーであちこちをまわる生活は続きました。こうした生活をするうちに、“自然”が身近なものとなり、気づいたら、自然どっぷりの生活を家族と送るようになっていました。
河口湖の森での気づき
その後、もっと自然の中で生活したいと思うようになり、河口湖の森の中で暮らすようになったのです。このとき、子供の通学などの問題もあったので、家族は都会に残ることになりました。こうして、森の中でだれにも束縛されず、これまではさまざまなことに邪魔されてできなかった趣味のナイフ作りや、チェーンソーを使った作業などを、だれのためでもなく、自分の楽しみだけのためにするようになりました。最初の1カ月半くらいは「最高やな! 」って思って好きなことをしていましたね。
ところが、ある日、何日もかけて作ったナイフが夜中に完成して、その瞬間に「できたぁ! 」って叫んだのですが、周囲にだれもいない、反応もないことに気づき、愕然としたのです。自分が一生懸命やっていることで、だれかを喜ばせたり、だれかにほめてもらうというようなことがないと、人は満たされないということを実感したのです。このとき、人間は一人では生きていけないことをきれいごとなどではなく腹の底から感じました。と同時に、自分のためだけに生きる生活は非常に虚しいとも思うようになりました。今、自分の老後のために一生懸命働いているという人も多いと思いますが、実際に年をとって、老後という時期を迎えたとき、必死に蓄えてきたお金を、自分のためだけに使って生きていくことを、そのとき、果たして幸福だと思えるかというと、私はそうではないような気がするのです。
人のためより、自分のために働くほうがいいと思う人もいるかもしれません。でもそれは違うと思います。たとえば、だれかとケーキを半分こしたとしましょう。自分が食べる量は半分になるでしょうが、相手に『おいしいね』と言ってもらうことで、自分のおいしさも倍になるのです。たくさんの人数で分ければ分けるほどおいしさも倍増していくのです。ケーキと同じで、人のために働いたり何かをすることが、自分の喜びにもつながってくるのだと思います。
私は河口湖の森の生活でこの“人のために働く喜び”に気づき、自分だけのために森で生活するのではなく、自然の素晴らしさを多くの人に知ってもらえる施設として、ワークショップの「自然樂校」とリゾートの「森と湖の楽園」を設立しました。インストラクターとして教えるのではなく、私が人と自然を結びつける (フィッティングさせる) アウトフィッターとなって、自然の中のさまざまな体験を通じてその素晴らしさに気づいてもらい、自然を味方につけ、さらに人それぞれの中にある自然にも目覚めてもらうことを目的としています。私はこの仕事が自分のミッションだと感じています。

都会と田舎の違い
次に、都会と田舎の違いや、なぜ自然が大切なのかについてお話ししたいと思います。河口湖のような自然の中で暮らしていると、都会と田舎の違いや、都会のダメな点について質問されることが多いのですが、私は、都会も田舎も否定はしません。違いを言うなら、都会にないものが田舎にあって、田舎にないものが都会にあり、お互いがないものねだりをしている状況なのだと思います。
山の中にはコンビニやスーパーなどはなく、不便なのは確かなのですが、飲み水はコンビニで冷えている水よりおいしいし、栗やアケビや野いちごなど自然の恵みもちょっと手を伸ばせば簡単に食べることができます。都会のビルの上などから見渡す光景は、さまざまなビルが建ち並び確かにすごいなと思うのですが、お墓が並んでいるような気もします。遊園地のような遊ぶ場所もたくさんありますが、人工的に作られた「ナンチャッテ」感があって、遊ばされているようにも感じます。
田舎暮らしをしている人からすれば、都会は何でもあるけど、何にもないような気がして、逆に、田舎は何にもないのですが、何でもあるような気がするのです。ナンチャッテではないホンモノの遊びや、おいしい水や食べ物との出会い、体の細胞の一粒一粒が喜んだり、背骨の中まで揺さぶられるような感動は、自然の中にこそあるのではないかと思うのです。もちろん、生まれてから死ぬまで都会で暮らすこともできますが、私みたいに「ほかにも楽しい人生はないのだろうか? 」と考えるようになったら、都会は生ぬるくてダメなのです。
人間本来の能力を取り戻す方法
都会は、安心で安全で、空調もコントロールされていて暑くも寒くもなく、快適に暮らせます。しかし、人間は動物で、もともとは自然の中で暮らしていたのです。夏には汗をかき、冬にはブルブルと震え、ヘビを見ればおびえたりするのがあたりまえだったわけです。快適な都会にいると、自然の中で得られていたこうした刺激が失われて、欲求不満になります。欲求不満によって体のバランスが崩れ、体調不良にもつながっていくのではないかと思います。都会に暮らす人たちのストレスの多くは、体や頭脳を使いすぎて感じるストレスよりも、使わないことで鬱積するストレスなのではないかと思います。田舎で暮らす私の場合、1日1回は、大きな丸太を持ち上げたりするなど、全身の力を振り絞る機会があります。こうした、思い切り力を発散する機会をもつことで、人間本来の能力が甦ってくるのではないでしょうか。
私のことをアウトドアの達人と呼ぶ人もいますが、アウトドア雑誌のマネをしたり、図鑑を丸暗記したわけではありません。実はだれでも体の中に、“アウトドアの達人”が潜んでいるのですが、それを知らずに都会に暮らしている人が多いのです。これに気づくには、暑い、寒い、くさい、痛いといった自然の中で得られる刺激が必要です。この刺激によって、“アウトドアの達人”のスイッチが入るようになっているのですが、こうした刺激は現在の都会からはなくなりつつあります。特に今の子供たちは、そのスイッチを一度も入れることなく大人になってしまうことが多く、物事に無関心になったり無気力になったりすることの原因になっているようにも思います。
自然とふれあうことなく育った子供たちは、外の世界との接触を阻む透明のバリアに包まれているような状態です。私は、こうした子供たちに何かを与えるのではなく、自然とのふれあいを邪魔していたバリアをはがしてあげます。自然の刺激を直接感じられるようになると、子供なりの“アウトドアの達人”のスイッチが勝手に入っていきます。このような自然とのふれあいを通じて人間本来の能力を取り戻し、心身ともに健康にする手法を、私は「自然育」と呼んでいます。次回はこの自然育について、詳しくお話ししたいと思います。
(2007年10月3日掲載)
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