第6回
[後編]ワールドカップとネットワークの熱い関係
~スポーツ報道とネットワーク
株式会社ベースボール・マガジン社 週刊サッカーマガジン編集長 平澤 大輔 氏

株式会社ベースボール・マガジン社
週刊サッカーマガジン編集長
平澤 大輔 氏
ネットワークを活用した情報配信の普及により、放送や出版などの既存メディアのあり方も見直されつつあります。また、速報性が重視される“報道”の分野では、情報の種類によってメディアをどう使い分けるかというテーマも生まれています。後編となる今回は、既存メディアとネットワークの関係と、ネットワークを利用した新しいメディアについて、株式会社ベースボール・マガジン社「週刊サッカーマガジン」編集長の平澤大輔氏にお話を伺いました。
ネットワークによる報道システムの進化
雑誌出版などの従来のアナログメディアも、実はネットワーク技術と無縁ではありません。その制作過程では、ブロードバンド回線やデジタル技術をおおいに駆使して、品質の向上、作業の効率化を図っています。とりわけ、私たちのような、世界規模で展開されるサッカーというスポーツの報道に携わる身としては、ネットワークの有り難みを感じています。
たとえば、海外派遣したスタッフとのコミュニケーションひとつをとってもそうです。写真や原稿のやり取りに、今や電子メールは必要不可欠なツールです。もちろんftp (※1) を利用する場合もありますが、幅広く普及しているという点においてメールに及ぶものはありません。
ただし、記者との連絡には原稿の送信をのぞいて、基本的に電話を使います。文字のみに頼った意思疎通で、微妙なニュアンスの違いで誤解が生じることがあると、それが記事の内容にまで反映されかねません。誤解があるまま記事が掲載されたとしたら、それは記者の考えが正しく伝わらない、ということだけではなく、記事を読む読者にとっても失礼にあたるからです。
- ※1 インターネット経由で、ファイルを転送する際に使用されるプロトコルのこと。大容量データの受け渡しに多く利用される。ftpクライアントソフトでftpサーバーにアクセスし、ファイルをアップロード、ダウンロードして使用する。
雑誌制作の現場にネットワークは不可欠
こうした現地スタッフとのやり取りでは、デジタル・アナログの両手段を使い分けていますが、編集部内の制作過程や、印刷所への発注・納品では、ほぼ100%デジタル化されています。誌面のレイアウト指定も、かつては鉛筆で線を引き、フィルムを印刷所に入稿していましたが、今では完全にDTP (※2) に置き換えられています。
誌面制作のデジタル化は90年代後半から、少しずつ進めてきましたが、システムを一新するきっかけとなったのは、4年前の日韓ワールドカップです。当時は、いかに他誌より新しい情報を掲載できるか、という点が重要でした。いわば雑誌間の「スピード戦争」が始まっていたんですね。そんな状況下にあっては、印刷所へ入稿データを届ける時間が、致命的なタイムロスになりかねませんでした。
そこで、印刷所への入稿データを、すべてネットワークで送受信できるシステムを構築することにしました。印刷所から引き上げたいデータも、ネットワークを経由できるため、印刷所との行き来はほとんど不要になりました。現在では、回線が高速化するなどシステムも新しくなった結果、入稿から印刷までの時間を、大幅に短縮させることに成功しています。
- ※2 デスクトップ・パブリッシングの略。かつて紙の上で行っていた雑誌や書籍のレイアウト作業を、すべてパソコン上で処理すること。QuarkXpressやInDesignなどの専用のレイアウト作成ソフトが利用される。
Webという新しいメディアの出現
これまで週刊サッカーマガジンの制作を例に、ネットワーク活用のお話をしてきましたが、ネットワークそのものを媒体にした報道も生まれています。たとえば、私たちの編集部でも「WEBサッカーマガジン」というサイトを立ち上げ、本誌と連動した情報配信や、PR活動を展開しています。このサイトでは、元日本代表ゴールキーパー小島伸幸氏のワールドカップ観戦記や、選手起用に関するアンケート調査など独自のコンテンツを配信することで、Webサイト限定の付加価値を与えています。さらに今年6月からは、携帯向けモバイルコンテンツとして「毎日サッカーマガジン」をスタートし、最新のサッカー情報や日替わりのコラムを掲載しています。
Webによる情報配信では、速報性もさることながら、直接的なメッセージ配信が最大の武器になります。そこをうまく活用しているのが、Jリーグの各クラブチームです。Jリーグは、地元密着型のホームタウン制を掲げ、市民、自治体、企業の三位一体で運営されています。すべてのクラブが公式サイトを持ち、地元に向けて独自の広報活動を展開、PRツールとして活用しています。そのクラブのサポーターは公式サイトやメールマガジンから、イベントの告知、ファンクラブの募集要項、スタジアム周辺のグルメ情報などを入手できるというわけです。
また、チームだけではなく、選手個人による情報発信も行われています。一般に知られているところでは、中田英寿選手の個人サイト「nakata.net (ナカタ・ドットネット) 」がありますが、彼にとってのWebサイトは、ファンサービスの一環に加え、自身の意見や主張を伝える場としての意味合いも強いと思います。
ブログによるカジュアルな情報発信
クラブや選手のサイトは公式サイトに分類されますが、ブログに代表される、ファンの非公式な個人サイトも、ひとつのムーブメントを形成しています。その内容は、試合の観戦記だったり、ひいきのチームの戦術論だったり、人によっては“好みのイケメン”だったりします。サッカーというひとつのスポーツに対して、こんなにも多くの見方があるのかと、あらためて驚嘆させられます。
最近、Webと雑誌の特色の違いについてよく聞かれることがありますが、ネット上の発言はよくも悪くも“カジュアル”であると言えます。口語調の文体もさることながら、選手のプレーに対するコメントでも、一瞬の感情をストレートに表現することが許されています。書き手の本音をそのまま発信できる自由度が、大きな魅力であり、人気の理由でもあると思います。
一方、雑誌などの媒体は、記者が書き起こした原稿に、“編集”という確認作業が入ります。サッカーマガジンの場合では、記者の取材原稿に複数のスタッフによる校閲が入るわけですが、そこでは、文章を削ぎ落としたり、逆に肉付けしたりする作業が繰り返されます。このように人手や時間を費やすことで、文章に商品としての価値が与えられるのです。また、書いた内容に対して責任を負う必要もありますし、記事に対する批判にも、きちんと説明して回答する義務もあります。そこが、ネット上の個人による記事との大きな違いと言えるでしょう。
私自身も、雑誌でコラムを執筆する一方で、個人のブログを公開しています。有料の雑誌を出版しながら無料のコンテンツを配信しているわけですが、その条件として、ブログ中にはサッカーマガジンで書きたいものは書かない、というルールを自分に課しています。ブログに書くのは主張や論説よりも、いわゆる雑感であり、一人称も、ブログでは“僕”、雑誌では“私”と使い分けています。
情報発信に伴う責任とは
ネット上で発信される記事の大半は、無料で提供されますが、だからといって無責任な情報発信が許さるわけではありません。Webサイトの情報は世界に向けて発信されるわけですから、その書き手には、有料メディアと同様、それに伴う責任を意識して欲しいと思います。以前、あるクラブチームの練習メニューが、その様子を見学していたファンのブログ上に公開されてしまった結果、そのクラブが練習を非公開にしたことがありました。それは、私たちメディアだけでなく、クラブにとっても、ファンにとっても大きな損失になりました。
Webによる情報発信は、その書き手次第で、害にも益にもなります。ネットを使って情報を配信する人たちに、メディアとしての自覚のようなものが芽生えれば、Webによるスポーツ報道もよりよい方向に進化していくのではないでしょうか。
編集後記
インターネットをはじめとしたネットワークの進展は、ワールドカップやJリーグなどのスポーツイベントにも大きな影響を与え、以前には考えられないような楽しみ方を次々に生み出しています。スポーツをめぐる報道や出版にも大きく貢献し、ネットワークは、今やスポーツイベントとファンをつなぐ重要な役割を担うようになったと言えます。
次のワールドカップには、さらに進化したネットワークで、私たちは新しい熱気と興奮を感じているかもしれません。
(2006年7月11日掲載)
- ※ 掲載日以降、最新情報ではない場合があります。あらかじめご了承ください。





