人に寄り添う人にも、
とことん寄り添う。

ICTによる介護現場の支援

KDDI総合研究所 KDDI research atelier
イノベーションセンター

小原 朋広

2004年に入社。ソフトウェアの開発やメンテナンス、運用に携わったのち、KDDI総合研究所のKDDI research atelierイノベーションセンターに配属。音声を人工的に作り出す音声合成や、心拍のゆらぎを解析する心拍変動の研究を活用したソリューションの開発を行う。

介護される側だけでなく、介護者の負担も軽減したい

介護業界では、ICTを現場のインフラとして導入していく動きが高まっています。その背景の一つにあげられるのが「2025年問題」です。団塊の世代800万人が75歳以上の後期高齢者となることで、医療や介護にまつわるさまざまな影響が懸念されています。さらに、介護者だけでなく被介護者が今後も増えることで、業界は深刻な人材不足にも直面しています。そのうえ介護の現場は肉体的にも精神的にもハードなため、ICT化による業務の効率化は、介護者の負担を軽減するとともに、サービスの質を高めることが期待されています。

私は、5年ほど前から人間の心拍変動を分析して心理的なコンディションを分析する研究に取り組んできました。その時期に母親が倒れたことで、介護というものを身近に感じ、現在の介護関連のプロジェクトに参加することになりました。

今回のプロジェクトではまず介護の現場に赴き、課題の洗い出しを行うことから始まりました。現場の方々から徹底的にヒアリングすることで的確に課題を見つけ、ネットワークやロボティクスといった、KDDIが持つテクノロジー活用の可能性についても検証していきました。

現場で情報収集する中で気づいたのは、被介護者だけでなく介護をする側の人々にも助けが必要な場面が多くあることでした。例えば、被介護者が徘徊しないように常に見守る必要があることや、トイレの介助のための深夜の付き添いなど、昼夜を問わず介助しなければならないことを知ったのです。

そうした課題を、KDDIのICTやネットワーク技術によって改善、解決していくことが、私たちのミッションです。介護者が常に張り付いていなくても、被介護者の状態を把握できるような環境をつくりたいと思っています。

ただのARメガネを超えるものを

私たちが社会福祉法人 善光会とともに開発した「ハンズフリー介護作業支援システム」は、AR (拡張現実) メガネによる業界初の介護支援ツールです。施設入居者の健康状況や留意事項をレンズに表示し、音声で読み上げを行うことで介護者の負担を和らげる目的で開発しました。

介護者が最適なケアを行うためには、被介護者一人ひとりがどのような状態にあるかを常に把握しておく必要があります。このシステムは、善光会が開発したスマート介護プラットフォーム「SCOP」を活用し、一元管理されている体温や血圧などのヘルスケアデータとカメラ付きARメガネを連動させています。

ARメガネが被介護者の顔を認識すると、SCOPのデータベースから情報を呼び出して、レンズに表示します。表示された情報は、ARメガネの骨伝導音声を通して伝えられ、介護者は作業を止めることなくスムーズに情報を得ることができます。

現場の声を聞く中で、手がふさがっていることの多い介助中はハンズフリーで情報を取得できることが重要だということがわかり、ARメガネの必要性を強く実感しました。さらに、申し送り事項などレンズに表示しきれない情報も多いことから、音声合成の研究をしていた経験も活かし、当初予定していなかった読み上げ機能を追加することになりました。単に情報が表示できればよいということではなく、いかに介護者の負担を減らし、ケアに集中できるかを追求した結果、ARメガネと音声読み上げ機能を組み合わせることになったのです。

介護施設で行った実証実験では、職員の方々にARメガネをかけてケア業務を行っていただきました。経験年数の浅い職員の方からは、すぐに被介護者の情報が把握できるので、信頼関係をいち早く築けるといった評価をいただけました。また、ベテランの職員の方からは、着任したばかりの職員が学習のために利用することができそうだ、という感想がありました。業務の効率化や、サービス向上につながる声をいただき、確かな手応えを感じています。

要介護者を減らすための介護予防

介護者の負担を減らして介護の質を上げるための研究が進められている一方で、高齢者が高齢者を介護する「老老介護」という問題は、やはり深刻です。介護者がデジタルに疎く、ICTの恩恵が受けられないケースが少なくないのです。また、口頭やFAXでの情報伝達に頼っているなど、ICTの整備が進まない現場もまだまだ存在します。

そうした課題と向き合うなかで、要介護者の数そのものを抑えていく「介護予防」という分野の研究開発も推進していくべきだと考えるようになりました。

例えば、人の手を借りずに生活ができる状態でいるために必要な生活習慣のあり方を提示するシステムを構築できないか、と考えています。自分で食事やトイレができるなど、介護が不要となる期間を少しでも伸ばすことにつながるはずです。こうした介護予防の技術も並行して発展させることが、長期的な視点で介護環境を改善していくためには重要だと思っています。

介護業界に共創の波を

介護の現場にイノベーションを起こすためには、KDDI総合研究所が持つ技術だけでなく、他企業との連携も欠かせません。私たちは研究部門ということもあり、具体的なサービスを提供することは多くないのですが、数多くの "使える技術"を持っています。サービス化を得意とするパートナー企業と一緒に取り組むことで、今までにない価値を生み出すことができるのです。

通信会社であるKDDIは、そうしたさまざまな企業と、課題を抱えた現場とをつなげられる立場にあります。提供できる技術を持っているからこそ、共創の起点として周辺を巻き込むことができる。そうした取り組みを広くアピールすることで、KDDIが介護に携わることの意義が社会に認知されていくはずです。これからも一歩ずつ、日本の介護環境をよりよくするために貢献していきたいと考えています。

  • 所属・内容等は取材当時のものです。