2014年度ステークホルダーダイアログ (環境)

KDDIにおける「スコープ3」算出結果の活用方法について

2014年10月、KDDIは、事業活動領域全般での「スコープ3」開示を行いました。
今回のステークホルダーダイアログでは、スコープ3に詳しい有識者をお招きし、先進事例の紹介をまじえながら、算出結果の今後の活用方法等について活発な対話を行いました。

出席者

<有識者>
小野田 弘士氏

早稲田大学環境・エネルギー研究科准教授
株式会社早稲田環境研究所取締役 (創業者)
循環型社会や低炭素社会の高度化に向けた新たな技術開発や社会システムの研究・開発が専門。KDDI総研でのライフサイクルアセスメント算定、今回のKDDIのスコープ3算定に携わる。

森澤 みちよ氏

CDP ジャパンディレクター 博士
CDPはロンドンに本部をおくNGO。スコープ3を取り入れた気候変動質問書を世界60カ国以上の企業に送付し、結果を事業・政策・投資判断に必要な情報として投資家等に提供している。

<KDDI>

コーポレート統括本部 購買本部 購買管理部長 吉田氏
技術統括本部 技術開発本部 技術戦略部 副部長 井上氏
技術統括本部 技術開発本部 技術戦略部 研究開発企画G マネージャー 入内嶋氏
技術統括本部 ネットワーク技術本部 モバイルアクセス技術部 ノード開発GL 星野氏
コーポレート統括本部 総務・人事本部 総務部長 田中氏
コーポレート統括本部 総務・人事本部 総務部 CSR・環境推進室長 鈴木氏

第1部 スコープ3の潮流
企業主体で広がりをみせる「スコープ3」

小野田: 日本国内では省エネ法などにより、工場や社用車など企業自身が排出したスコープ1、オフィスの電力など間接的に排出したスコープ2として、温室効果ガスを管理することが義務付けられています。しかし1、2を管理しているだけではなかなか減らない。その問題意識から生まれたのがスコープ3です。今はまだ、国が規制に動くというより、企業主導で取り組み、ベストプラクティスを積み上げていく段階にあります。

森澤: スコープ3はGHGプロトコルが2011年に確定した世界的にも比較的新しい考え方で、取り組みを進めている企業が増えています。そして、取り組みを進め精緻化できるとスコープ3の量が増加することがあります。どの部分から排出される温室効果ガスが大きいのか、それは企業・セクターによって異なります。スコープ3は、企業にとっては現状を把握して排出量を管理・削減する上で重要な取り組みです。一方、投資家にとっても、企業・セクターを評価する手段の一つとなり、双方にとって有効なツールです。

CDPは、スコープ3を取り入れた気候変動に関する質問書を企業に送付することにより、まずはスコープ3について知っていただき、次にその重要性をご理解いただいた上で戦略に落とし込んでもらうことを目的に取り組んでいます。

グローバル企業における取り組み

司会: まず国内企業の状況についてお聞かせください。

森澤: 1) 積極的に取り組みデータを公表している企業、2) 取り組んではいるが改良の余地がある企業、3) 全く手を付けていない企業の3つに分かれています。積極的に取り組んでいるのは、国際競争にさらされている企業です。グローバルにトレンドを見てやらざるを得ない、または取り組んだ方が企業価値向上につながるからです。例えば自動車メーカーはレベルの高い開示を行っています。環境に対する配慮をわかりやすく開示し、顧客に訴えることでブランドのイメージを高め、国際的な競争力を身に付けようとしています。

小野田: EUでは、電子・電気機器における特定有害物質の使用を制限するRoHS (※1) や、製品が廃棄物として環境に悪影響を与えないように配慮するWEEE (※2) を定めています。この規制は、日本企業が製品を輸出する際の壁になることもあるほどです。「環境に対する取り組みはもはや当たり前」というのが国際的な概念。そんな中、日本でもスコープ3に目を向け始めていますが、取り組みが遅れている企業は、まずデータを揃えることが目的になってしまい、そこから先がなかなか進まない。一方、取り組みが進んでいる企業は、経営戦略にうまく取り込もうと積極的になっています。今後も試行錯誤の期間が続くでしょうが、いかにこのような風潮を追い風に変えていくかという視点が必要だと思っています。

  1. ※1RoHS: 電気・電子機器に含まれる危険物質を規定し、物質の使用を禁止する旨の指令のこと。電気・電子製品の生産から処分までのすべての段階で、環境や人の健康に及ぼす危険を最小化することが主な目的。
  2. ※2WEEE: 電子機器や電器製品の廃棄物の処理についてEUが定めた指令。

司会: 海外企業の取り組みについて、具体的なケースを教えてください。

森澤: 海外の大手流通企業は、スコープ3を開示し、温室効果ガスの排出量等を把握した上でCDPの質問書をサプライヤーに送付し、啓発活動を行っています。最初は戸惑っていたサプライヤーも毎年回答することで理解が進んでいます。また大手通信企業では、質問書の回答をもとにサプライヤーのスコアカードを作成したり、新規サプライヤーとの契約プロセスに取り入れたりするなど、スコープ3を開示する段階から「活用」の段階へと取り組みを進展させているのです。

中長期視点での企業評価の流れ

司会: スコープ3に取り組む必要性について考えていきたいと思います。投資家からのニーズがどのくらいあるのかお聞かせください。

森澤: 海外の投資家には、財務情報だけでなく、ESGが長期的な影響を及ぼすという考えが浸透し、特にスコープ3を含む環境情報は重要になっています。グローバルに展開する大手通信端末メーカーも、投資家からの要請によりCDPの質問書への回答を始めたほどです。また、米国カルパースに代表される公的年金基金は、株式投資のリスクを低減するために、ESG情報を重視しています。世界最大である日本の公的年金基金も株式投資を増やす方針を出している状況です。こうした投資家は、企業にとっては重要で、環境への積極的な取り組みをアピールすることは、安定株主の獲得につながるともいえます。さらに、昨年、金融庁が日本版スチュワードシップ・コードを公表しました。コーポレートガバナンス・コードの策定も終わり、東証では上場規則に反映させる方針です。日本においても、投資家から環境への取り組みが求められる動きがますます進んでいくでしょう。

第2部 KDDIにおけるスコープ3の現状
スコープ3を開示し、グローバル視点で競争力強化を目指す

司会: KDDIのスコープ3開示の背景と取り組みについて教えてください。

KDDI: 社会からの要請をグローバル視点で取り入れることが、環境についての取り組みを行う上で重要と考えました。また他社との差別化、グローバル展開における競争力強化を図るのも狙いです。開示内容は、全15カテゴリーのうち、事業と関係のある10カテゴリーを開示しました。カテゴリー別で最も排出量が大きいのはカテゴリー1 (購入した製品、サービス)、2番目がカテゴリー2 (資本財[基地局などの製造等])、3番目がカテゴリー11 (販売した製品の使用) でした。

小野田: スコープ3は日本国内においてはまだ黎明期ですので、算定しやすく都合の良いところだけをピックアップする企業が全くないとはいえません。しかしKDDIは全てのカテゴリーを網羅しようというスタンスで算定されており、素晴らしいと思います。

森澤: カテゴリー2が特徴的だと思います。カテゴリー2がこれだけ大きい企業はあまりなく、削減の余地があると思います。投資家が評価する際、重視するのは特徴的な部分です。自社の特徴を把握し、戦略的に取り組んでいくことをお勧めします。

KDDI: 算定プロセスについて、思うように取引先の一次データを取得することができず、大部分を環境省「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」の係数に購入金額などを乗じて算出しました。端末は省電力化が年々進むなど、環境面では改善されているのに、購入金額を乗じて算出しているために、購入金額大きくなるにつれデータの数値が上昇することになり端末製造段階での環境負荷軽減の効果が算定結果に適正に反映しないという矛盾が起こっています。データの精度については課題が多いと自己評価しています。

森澤: サプライヤーの差別化を図るためにも、一次データの取得は重要です。データを精緻にすることで、取引先の評価も上がっていくという良い循環ができればよいと思っています。今後の課題の一つですね。

サプライヤーを意識した購買や技術開発面での取り組みを推進

KDDI: 環境保全は、サプライチェーン全体で進めていかなくてはなりません。その一環として、情報・通信分野の業界団体と取引先のメーカーとで「ICT分野におけるエコロジーガイドライン」を定めています。機器やルーターごとに消費電力の目標値を定め、それ以下のものを調達していこうという活動で、業界団体が一丸となり環境に配慮した製品を社会に広めていこうとしています。しかし、効果が見えにくいなどの課題があり、KDDI社内でも関心を得にくい状況です。

小野田: そのような試みは、どんどん取り組んでいってほしいと思います。課題として考えられるのは、環境に配慮することのメリットが十分に語られていないのではないかということです。携帯電話の廃棄問題は「小型家電リサイクル法」ができる以前から指摘されていましたが、都市鉱山やリサイクルのメリットを伝えることで、取り組みが進みました。今後メーカーなどのサプライヤーから、スコープ3に関する一次データを引き出すためにも、環境に配慮することのメリットについて語ることは大切だと考えています。

KDDI: 技術・開発面では、消費電力やマテリアルを削減することに取り組んでいます。携帯電話の基地局の小型化は、長期的にみれば設置や移設が簡単になり、人件費も削減できるというメリットがありますが、短期的にはコストアップになります。この両者をどうバランスしていくかが課題だと思っています。

森澤: 技術・開発に係る排出はスコープ1、2にあたります。視点を広くもつと、自社のスコープ1、2は、取引先から見た場合のスコープ3に当たります。削減するだけでなく検証が重要になっています。自社のスコープ1、2の削減やその検証は、他社のスコープ3の削減やそのデータの信頼性に繋がるという意識を持つことが重要です。また、新たな商品開発においては、商品開発段階でスコープ1、2が増加しても、消費者の使用時の排出量が低い商品もあります。スコープ1、2が増加した要因と使用者側での削減の数値を明確に説明することが望まれます。スコープ3のそういった部分にも着目し、活用していかれることを期待します。

第3部 スコープ3の活用など次の一歩に向けて
他部署との連携や、現在の活動とのリンケージも視野に

KDDI: 環境保全は、サプライチェーン全体で進めていかなくてはなりません。その一環として、情報・通信分野の業界団体と取引先のメーカーとで「ICT分野におけるエコロジーガイドライン」を定めています。機器やルーターごとに消費電力の目標値を定め、それ以下のものを調達していこうという活動で、業界団体が一丸となり環境に配慮した製品を社会に広めていこうとしています。しかし、効果が見えにくいなどの課題があり、KDDI社内でも関心を得にくい状況です。

小野田: 温室効果ガスの問題は、大気汚染等とは異なり、すぐには健康被害などにつながらないため、危機感が伝わりにくい面があります。社内で「スコープ3」というキーワードを広めようとしても、なかなか難しいかもしれません。しかしスコープ3は、CSR・環境推進室だけでなく、購買部などサプライチェーン全体で取り組んでいく必要があります。そこで、今回の算定結果を社内で共有し、業務の効率化など、社内で展開しているさまざまな活動とスコープ3の各カテゴリーとを関連付けてみるのはいかがでしょうか。当事者意識がわき、具体的な活動に入りやすいと思います。さらにステークホルダーとも紐づけることで、よりリアルさが増すと思います。

森澤: KDDIがサプライヤーに情報提供を求める働きかけをすることは、「環境への取り組みを一緒に行ってもらいたい」という意思表示をしていることにもなります。しかし日本には、サプライヤーに情報提供を求めるのは難しい風潮があります。それを解決するために、他社と共同して情報提供を求めるのも一つの方法です。2社以上に請求された時の方が回答率は高くなります。

海外の先進企業の事例ですが、サプライヤーがエネルギーコスト値上がりに伴う価格の引き上げを要求してきた場合、その企業はまず、CDPを通じてサプライヤーに送付している質問書の回答履歴を確認します。そして、エネルギーや気候変動へのリスク管理を行っている場合にのみ、価格引き上げを認めるという強い意思で対応しているようです。サプライヤーにもそれが浸透し、環境に関する取り組みをアピールしようと開示に積極的になるという流れが起こっています。

KDDI: 同業他社やサプライヤーに対して利害関係を同じくする他社と連携して情報開示を求めるなど、外の力やつながりを利用するという方法は一つの良いやり方だと思います。各企業がバラバラにアプローチするよりも、サプライヤーにとって開示の手間が省け、且つその重要性も認識してもらいやすくなるでしょう。

地球の未来を守っていく有効なツール

小野田: 今後はKDDIのモチベーションを高めることが重要でしょう。会社としての戦略を視野に入れた一段階上を目指してほしいです。また、スコープ3算定に取り組んできたなかでし、ノウハウを蓄積されてきたかと思います。今後スコープ3に取り組む他企業に対してアドバイスを行うことで社会全体に広めていくことも期待しています。

森澤: 環境への取り組みにゴールはありません。KDDIとしてまず取り組むべき点が見えてきた段階なので、これからだと注目しています。スコープ3に対する取り組みを投資家への開示に入れることが望まれます。また、CMで宣伝し消費者へもアピールするなど、先進的な取り組みにも挑戦していただきたいと思います。

KDDI: 当社の温室効果ガス排出について把握したのが第一歩、次は活用について考えなくてはいけない段階にきているということですね。まずは地球温暖化対策に向けて、また投資家からの要請に応えるためにも目標を立て、各部署と協力しながらサプライチェーンでの温室効果ガスの削減とともに、企業価値向上につなげていきたいと思います。
スコープ3は、地球の未来を守っていく有効なツールであるのは間違いないと思いますが、現実にはお客さまのブランド認識、競合他社との価格競争、あるいは経営層の理解など、解決すべきさまざまな課題があります。現実の中でできることを一歩ずつ、進めていく必要があると思います。
スコープ3に注目するグローバルの潮流に後ろからついていくのではなく、できるだけ先陣の方で取り組んでいきたいという気持ちで今日のお話を聞いておりました。どうもありがとうございました。